夏休みの終わり

 

こんばんは🌙

前回の投稿から1ヶ月足らずですが、

今の私をここに残すために少しだけ書き留めます。

 

この夏私にとって大きな出来事があり、感情を失い、感情を取り戻し、考え事が頭の中を駆け巡り、かと思えば消え去ったり。間違いなく自分の人生に刻まれることとなりました。(詳しくは前回の投稿へ)

第三章 - wakana97’s diary

 

おやすみ中に近所の図書館に初めて足を運んで本を何冊か読みました。行きたいところにもたくさん行きました。食べたい物もたくさん食べました。夫をはじめ、いろんな人に支えられていると改めて感じました。私の文章を読んでくれた方本当にありがとうございます。感謝でいっぱいです。

 

 

私は今回の出来事から自分に起きていることは全て必然で、どんなに辛く悲しい出来事でも何か学ばなきゃいけないから起こっているのでは考えるようになりました。

図書館に行って手に取った本、その本を選んだのは必然で何か吸収すべきことがあるんだと。

行きたいと思っていた場所に足を運んだことも必然で、その場所が私に何か伝えてくれるんじゃないかと。

 

正直まだ未来に100%目を向けられてはいません。未だに辛かったことを頭の中から取り出して悲しんだりしてます。でもそんな自分でも別に良いか、死にはしないかと思って日々過ごしてます。暗く沈んでしまってそこから抜けられない時もあれば、そんな自分も認めてあげようと思える時もある。自分が自分のことに対して本当に気まぐれで困っちゃう。でも気まぐれでもいっか。それの繰り返しです。

 

 

さて9月から私の第三章が始まります。

まずは短い時間ですが新しい場所での勤務が決まりました。教育系なのは変わらずです。

 

新卒時代、あまりに過酷なお仕事の経験から退職後にもう教育系に就くことさえ怖くなってしまったことがありましたが今回の出来事では、その気持ちにはなりませんでした。培ってきた能力を活かしたかったし、何より私の人生において子どもたちとの関わりを無くすという考えに全くならなかったのです。5.6年経つと人ってちゃんと成長してるんだなと思いました。

 

やっぱりまだ起こってもないことに対してでも緊張や不安はあるけれど、今までよりはすごく薄い。昔は心配性な性格からかあらゆる不測の事態を想定して準備して過度に緊張して、それでも予想外の出来事が起きてパニックになるという日々を過ごしてました。生きづらかったな。

 

 

このおやすみ期間に読んだ本によって学んだことを皆さんにお伝えしたいのですが、それは

 

人には様々なアイデンティティがある

 

ということです。

 

家族の一員である自分、友達といる時の自分、働いている自分、遊んでいる自分、大事な人と過ごす自分、趣味に没頭する自分、たくさんあります。

 

1つひとつのアイデンティティに大小はないはずなのに、私は"働いている自分"を自分の中心に置いていました。だから仕事で失敗すると自分の大半が崩れひどく落ち込み、家にまで持ち帰り心が崩れかけていました。

自分の中心に"働いている自分"を置くことが癖になっているからか、未だに気付かない間に心の真ん中を陣取ってきたりします。働いてないのに家事もまともに出来なかったなとか思うと、あ、真ん中に来てるなと気付き、ぐいぐい端っこに追いやってみたりします。

 

働くことは1日24時間の内多くの割合を占めるからこそ、自分の中心に置く人が多いと思いますがたまには他のアイデンティティに真ん中を譲ってあげたり、同じ大きさで仲良くしてもらうのも良いんじゃないでしょうか。

1つのアイデンティティが崩れたって、

あなたの価値は変わらない。大丈夫。

 

いよいよ、私の長い夏休みが終わります。

文章を書いている間にも心臓はバクバクしてるし初日が来るのが怖いです。ここまで読んでくれた人はどうか私にパワーをください🤲

 

最後の土日は自然に囲まれた実家に帰って、エネルギーチャージしてこようと思います🍃

 

今日も皆さんお疲れ様でした。

皆さんが今以上に幸せな充実した日々を送れますように。

 

 

第三章

 

前回約3年ぶりの投稿でしたが、あれから数日後私の人生第二章が終わったので記録として。前回の投稿から読んでいただけると嬉しいです。

▶️ただいま - wakana97’s diary

 

 

今回のことは少しばかり暗いお話というか、人によっては重く感じてしまうかもしれないのでそれでも私のことを知りたいと思ってくれている人のみ読み進めてもらえると嬉しいです。できるだけ言葉は選びます。

 

 

 

大好きなお仕事を辞めました。

辞めたというか辞めざるを得ませんでした。

一緒に働いていた大好きな仲間、慕ってくれていた児童みんなに嘘をついて離れることになりました。

 

つい数日まで、ここで働けてることが幸せで勇気を出して応募した自分をすごく誇りに思ってて、ここで頑張る自分のことも大好きで。

辞めた今でも大好きな場所だったと胸を張って言えるくらいです。

 

 

なぜ辞めたかというと、業務時間外に上司から受けたセクハラが原因でした。信頼していた上司からでした。

 

被害に遭ってから1週間で体重は3kg落ち、何もする気が起きない、涙も出ない、毎日のルーティーンさえもまともにできない、そんな日々でした。

すでに数週間経って、やっとご飯が美味しく食べられるようになり感情は7割ほど戻ってきました。

 

まだ感情が3割ほどしか戻っていなかった時、これは人生で初めての感覚だったのですが喜怒哀楽どの感情も感じたらすぐに波のように引いていってしまって、余韻が全くないんです。

美味しいものを食べて美味しいと感じて、飲み込んでしまったらもう何も感じてない。ゲームをしてみてプレイ中は楽しいけど電源を切った瞬間、スッと無になりました。

 

 

 

1人になると自分を責めました。

自分に隙があったからなのかな、なんで自分なんだろう、女だからかな。気を持たせてしまったのかな。ひたすら自分で自分を攻撃しました。

 

そんなことがあっても、私は大好きな場所を辞めたくなかった。3年築いてきた子どもたちとの信頼、積み上げてきたもの達を手放したくなかった。だから夫とも話し合い異動する道を選びました。

 

いざ異動の挨拶を児童にする日。

上層部との話し合いで今回の異動は会社の都合で決まったことだと説明すると。挨拶する声が震え、話している途中から『なんで⁉︎』と遮る児童がいて涙を堪えられなかった。私もなんでって思ってるもの。自分で決めたことだけどなんで私がって。でも辞めるわけではないから、まだ会えるからとなんとか宥め挨拶をし終えました。

保護者にも挨拶し、同じような反応をいただきました。中にはお手紙を何枚も書いてくださった方までいました。

 

 

異動して私は1日しか勤務できませんでした。

温かく迎えてくれている空気を信用することができず、業務を覚えつつも逃げ出したい、吐きそう、胸が張り裂けそうな思いでした。真実を知っている異動先の上層部は私をなんとなく腫れ物扱い、私が異動してきたことで調整することが多いからなのか、当たりが強くなりました。

そして異動したとしても同じ会社で働くことが自分の精神を壊していくことになると気が付き、手放すことにしました。

 

 

まさか自分が辞めることになるなんて思いもしませんでした。自分が子どもを授かったら産休育休を取った後に復職して我が子を児童に会わせたりして、なんて想像までしてたのに。

 

告発しても結局居づらくなって辞めるのであれば泣き寝入りした方が良かったのかなとさえ考えました。

でももう過去は変えられません。

辛かった過去をいつでも取り出せるよう自分の近くに置く、つもりは全くない。

過ぎ去ったことに目を向けるのはやめようと思いました。そう思えるようになったのも1冊の本に出会ってからです。▶️【楽天市場】どうかご自愛ください 精神科医が教える「自尊感情」回復レッスン/ユンホンギュン/岡崎暢子【1000円以上送料無料】:bookfan 2号店 楽天市場店

【どうかご自愛ください 精神科医が教える「自尊感情」回復レッスン】

この本を読み始めてすぐ、脳を殴られたような衝撃があり読み進めるのが辛かった。どうして自分を大事にできないのか、自分を責めることが当たり前になっているのか、自分に自信が持てないのか。全てこの本に書いてありました。

これ以上書くと宣伝みたいになってしまうので控えますが、自責思考だったり自分をもっと大事にしたいと思う人は是非手に取って読んで答え合わせをしてほしいです。

 

 

話を戻します。

現在は、残っていた有給休暇を消化している際中で無くなり次第退職となります。もうあと数日。

 

休み始めたばかりの頃は家にいても何もできず、朝早くから夜遅くまで働いている旦那さんに申し訳ない気持ちが頭の中も心の中も埋め尽くしていました。

それでも少しずつ家事ができるようになり美味しいごはんを作れた掃除と洗濯ができたなどやるべきことをこなせた自分のおかげで自尊感情を取り戻していきました。

 

ある日気分転換しようと思い立って電車を乗り換えて1人でショッピングモールに行きました。

この日は自分に嘘なく過ごそうと決め、雑貨屋さんをうろうろしてみたり普段控えてるハンバーガーをポテトまで付けて食べたりカフェでぼーっとしてみたり。

最後に旦那さんが好きなおやつをお土産に買って、お誕生日の近いお義母さんのプレゼントを選んだりして1日を終えました。

帰ってきて、すごく充実してたなと感じ自分に正直にやりたいことだけをやっただけなのに自尊感情を取り戻せた感覚がありました。家事などやるべきことをこなすことでしか取り戻せないと思っていたのに、好きなことをやって正直に素直に過ごすことでも自尊感情って取り戻せるんだ!と人生28年目にして気が付きました。何もできない日があってもいいし、自分を甘やかす日があってもいいし、やるべきことじゃなくてやりたいことをやる日を作ること、私の経験に基づいて心からおすすめします。

 

 

今現在の私としてはこの先どうなるのか不安もあるけど、未来は誰にもわからないし、わからないことで悩むのはやめようというマインドを持てるまで復活しました。

 

今回この投稿をしようと思ったのは同情してほしいからでは全くないです。

辛いことがあった時に誰しもが"どうして自分が"という感情になりますよね。私は少しでも自分のこういう部分を発信することで誰かの力になれたらいいなと思います。キラキラしたものだけを発信するのもいいけど私は、私のことを丸ごと知ってほしいし知ろうとしてくれる人を大事にしていきたいです。

 

ここまで書いて少しスッキリしました。

文章にすると一石何鳥にもなるんですね。

 

私は私を大事にしてくれる人たちと

私を大事にしてくれる環境で

人生第三章を始めたいと思います。

 

 

1週間お疲れ様でした。

お仕事した人、家事育児に勤しんだ人、

自分を休められた人、好きなことを楽しんだ人、

全員が今日も自分の人生をまっすぐ生きました。

 

 

皆様の人生がより一層輝きますように

 

 

 

ただいま

 

 

3年近く空いてしまいました。

お久しぶりでございます。まだ見てくれている人はいるのかしら。

 

投稿していない間に、好きなお仕事に就けて恋人と同棲を始め、その恋人が旦那さんになりました。

 

好きなお仕事といいつつアルバイトですが、

トラウマのあった教育業界に戻って来れました。学童の先生です。入った時小学1年生だった子が今では4年生になりました。毎日刺激的な日々です。

 

新卒時代の苦しさを思い出さなくなって、やっと求人アプリの応募ボタンを押すことができ今に至ります。

 

辛くても自分のペースで、ちょっと回り道したけど好きなことができている、身をもって体験しました。全員が全員、そうとは限らないからこそ恵まれていたと思います。好きなことが嫌いにならないために、好きなことを始める準備をするために2番目に好きなことをやる時間もいいんだなと。自分が歩んできた道は自分で正解にしていく、この責任を持つことが大切だと感じました。

 

周りと比べて自分が劣っていると感じる人。

私もその1人です。自分が欲しい部分が優れている人を見ると劣等感を感じるよね。でもあなたにしかない素敵な部分があって、もしかしたら自分からは見えない角度にその素敵が置いてあるかもしれないけど周りの人はきっと気付いてるよ。そう自分にも言い聞かせて1日1日生きようね。

 

今日もみなさんお疲れさまでした。

明日はきっといい日になるよ。

好きを全開に

 

【好きなものを好きだと言えない世の中】

これが好き!と表現することに抵抗がある人は多いと思います。

なんとなく恥ずかしい、好きなものを表現した時に周りの目線が気になる、いくつか理由は考えられます。

 

小さい頃の話になりますが、私と同世代の人は仮◯ライダーやプ◯キュアを見ていませんでしたか?🦸

当時私は、プ◯キュアよりも仮◯ライダーが大好きで映画に連れて行ってもらうほどでした。でも"女の子だから"なんとなく周りには好きとは言えず、そのまま幼少期を過ごしました。

 

あとはランドセル。

昔から男の子は、女の子はが主流でした。

私が小学校に入学する時、女の子のランドセルの色は赤以外の選択肢はなくて。選択肢がなかったというか、他の色を選ぶ概念がなかったというか。だから微妙に違う赤の中から、お気に入りのランドセル、サイドに可愛いキャラクターがポイントで入っていたものを選んだ記憶があります。

でもほんとはオレンジが好きでオレンジのランドセルが良かったな〜と今考えると思います。

 

今の小学生は水色だったりピンクだったりカラフルなランドセルが増えてて、純粋に好きな色のランドセルを選べたことを羨ましく思います。

 

好きなものを好きと言えずに、なんとなく抑圧されて育った世代である私は、25歳になってやっと、もう少し好きなことに真っ直ぐぶつかって良かったんじゃないかと気付きました。

 

例えば好きなことを仕事にしようとする時。

好きだけど自分には向いてないんじゃないかとか、好きなことは仕事ではなく趣味に留めておくべきとか、失敗したらどうしようとか、自分の中で何かしらの理由をつけて挑戦することを諦めた経験がある人はいないですか。

私はまさにこのタイプで、好きなことで失敗して嫌いになりたくないと思って、これまで向き合うことを避けて来ました。たとえ一回失敗としても、次は成功したかもしれないのに。

 

あとは、好きなことを好きだと発信する時。

先ほどのランドセルの話になりますが、女の子はみんな、という固定概念を外れた時に周りにどう思われるか、仲間外れにされないか。

好きなものを好きと言った時、バカにされないか。当時は周りの目を気にしていました。

 

でも【好き】という感情が生まれたとき、そこには"自分"と好きな"対象"しかないはずで、周りは一切関係ない。【好き】は周りを気にして抑圧されるべき感情ではないと気付きました。

【好き】は恥ずかしいものでもなんでもない。

好きなものがあるって幸せなこと、誰にも人の【好き】を否定する資格はないのです。

 

_____

 

私はこのブログを始めるにあたって、最初は自分の頭の中を文字として残しておくことに重きを置いていました。

次第に、興味を持ってくれる人もいるのかなって、自分のinstagramを通して発信してみました。初めは身近な人に、自分の文章を読まれることに多少抵抗があったし、なんとなく恥ずかしい気持ちもありましたが、今となっては毎度感想をくれる人もいて、こうして形にしていて良かったなと思います。

 

また、私のようなHSPの人は、1日中いろんなことが路線図のように絡み合って頭の中を駆け巡ったり、いろんな音が聞こえたり、感覚による刺激が人一倍多いです。

だからその時考えてたことが、まるで特急列車に乗って過ぎ去って行ってしまうかのように、あっという間に忘れてしまいます。忘れたとしても思い出せるように、私はこうして記録しています。あとは何よりも書くことが好き。好きなことをしている自分を発信して、誰かに届いて何かしらのリアクションを貰えたなら、それ以上に幸せなことはないです。

_____

 

昔の日本には、【男は外で働いて、女は家を守る】みたいな男女による固定概念が存在してて、だんだん薄れてきてはいるものの、そういうものの名残で、自分を表現しづらいのかなとも思います。

なんかもっと純粋に、何も考えずに各々の好きなことを発信できる世の中になったらいいな😀

 

私はこれから、好きを全開にして生きようと思いました✌️

 

好きなもんは好き!以上!解散!

 

ハタラクジブン

 

 

『自分が会社の駒だと思わされることが多すぎる』

こういった話をよく聞きます。

 

 

という切り口で始めようと思いましたが、やめます。私自身がそう思うことが多すぎるのが本音です。

 

私たちは働く上で、よく『週2日休みで、8時間勤務が理想』と友人同士で話したりします。

 

ここで労働基準法を参照したいのですが、使用者は、原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけないという決まりがこちらに定められており、私たちが語っていた理想は、働く上では"上限"なのです。

 

毎日毎日本当に偉いと思います。

毎朝、憂鬱な気持ちを持ちつつも、自分を奮い立たせて"今日も1日頑張ろう"と言い聞かせることはありませんか。

私は最近、こう自分に言い聞かせていることに違和感を抱くようになりました。

頑張ろうとする気持ちに関してではなく、私という人間だから必要とされていると感じないのに、どうして自分自身を奮い立たせてまでその環境で働くのか。

 

自分が自分らしく働ける仕事をしている人もたくさんいます。もしくはその場所を自分の手で切り拓いて創り上げている人もいる。私もいつか自分らしく働ける場所に出会えるのかな。

 

新たな挑戦にはリスクを伴います。

リスクを飛び越えてでも動き出したいと思えるか。恐怖に打ち勝てるか。私は勝ちたい。

常にアンテナを張って、情報を取りに行く。これだけでも前に進んでいると思います。

 

今の日本において、多少の悩みやストレスを抱えて、働いている人が過半数以上を占めると思います。そして、その環境において自分の必要性をあまり感じていない人に私は伝えたい。

 

働く環境における自分が、全てではないです。

趣味に没頭している自分、大切な人と一緒に過ごす自分、美味しいものを食べている自分、全部自分。そのうちの一つに、働く自分がいるだけ。

 

1日のうち、"働いている自分"は多くの割合を占めます。だからこそ、働く自分に執着しすぎてしまうような気がします。

 

私は仕事で失敗すると、家に帰ってきてからも引きずって深く落ち込むタイプですが、それは【仕事をする自分】の失敗のはずなのに、【全自分】を責めてしまうからでした。

 

冒頭で、"自分は会社の駒のように感じる"と話しましたが、1日のうち労働に占める時間が多い以上、そう感じることは仕方がない気もするし、私を含め、割り切ることが苦手な人は、働く以外の時間の自分に自信がなくなるのも無理ないのではと思います。

 

今回は淡々と文字にしているので、上手く私の心理が伝わっていないかもしれませんが、客観的に自分を見て感じたことを記録しているに過ぎません。自分に絶望しているわけでは全くありません(笑)

 

何が言いたいかというと、それでも多くの時間を労働にあてる貴方は本当に偉いということ。偉いというと上から目線のようになってしまいますが、自分で自分を褒めてあげてほしいという意です。

 

  • 朝憂鬱でも、ちゃんと支度して職場に向かう。
  • 気持ちが前に向かない、今日はお休みを貰う。

 

どちらの選択をしても自分を褒めてあげてほしい。

休むことは悪いことではないです。

 

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私がこう思うきっかけがありました。

先月の半ばのことです。私は働く上での自分の在り方に悩みを抱くようになっていました。それでも毎日のタスクをこなし、日々を過ごしていました。

ある朝、目が覚めて起き上がろうとした時、起き上がれませんでした。視界が回っていて、身体を起こすのもやっとの状態。携帯の操作はおろか、目を開けると回る視界のせいで吐き気がしました。

 

当然、職場に連絡を入れ、休みをもらいました。

その日の夜、私に連絡が来ました。

 

"他の従業員も体調を壊していて、シフトが大変だ"

 

全力の いやいや知らんし。(笑)

 

これをきっかけに、私は私自身が必要とされているわけではないと感じるようになりました。だからといって、仕事に関して手を抜くようなことはしません。あくまでやるべきことはしっかりこなします。(本当はもう少し肩の力を抜きたいくらい(笑))

 

働く自分をどのように見るかは、自分次第です。

私は今の自分を変えたいから、前に進もうと思います。今の私のように、働く自分に多少ネガティブな感情を抱いている人は、まず自分を褒めるボーダーラインを下げること。例えば私のボーダラインは、朝起きて支度をするです。仕事に向かう準備をする時点で、自分に💮おっきなはなまる💮をあげる気持ちでいます。

 

多くの人は自分のネガティブな部分をわざわざSNSに載せたりしないのかなって思って、私はあえてここに記録しようと思います。

ここまで読んでくれた人は自分にはなまるをあげてください💮ほんっとに軽率にはなまるあげちゃってください💮

 

貴方は1人じゃないです。

はなまるでいっぱいの自分になろう💮

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張りすぎない自分磨き

 

新年明けましておめでとうございます🐯

2022年になりましたね!

いつもとは違った、自身の記録も含めた内容で書いていきたいと思います。

 

新たな一年ということで、今年の私のテーマを設定してみました🌱それが、

 

頑張りすぎない自分磨き!

 

ここでいう自分磨きには、"人からの見られ方(外見)"と"自身の内面"の2つの意味を含みます。

 

まずは人からの見られ方、外見!

2021年は1年かけて設定していた目標体重まで落としたので、身体は筋トレ再開しつつのんびりやっていきます。

 

重視したいのは、お肌!!!

昨年下半期は、誕生日にあの有名なIPSA様の化粧水をいただいたことをきっかけに特にスキンケアを研究し始めました🐣

 

混合肌の私ですがIPSAは流石に感動、、

1枚目が2021年私の愛用品たち、2枚目がこれからお世話になる、既になりつつあるスキンケアたちです👀

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スキンケア用品、化粧品は特に新しいものを使う時のわくわくがたまらない🤤

IPSAの化粧水がもうすぐ終わってしまうので、成分的にとっても似ている白潤(PREMIUM)をお迎えしてみたり👀

これからも自分なりに研究しながら肌質改善していきます🐣

 

以上が人からの見られ方(外見)についてでした。

 

次に内面について。

昨年は色々な人に出会って、出会った人の考え方や価値観を吸収する努力をした一年でした。

 

今までは、価値観は人それぞれだから合わなくても気にしないし、違って当たり前としか考えていませんでした。

でもその人がどういう心理でその行動をしていて、その価値観に辿り着いているのか知ることで、私から見た周りの見え方が変わると思って、周りの価値観も心にストンと落とすようにしてきました。

(100人中100人の価値観をすぐに心に落とすことができるわけでは全くありませんが…😂)

 

今年も引き続き、全てのことを主観的に見過ぎることなく過ごす1年にします🐯

 

タイトルにある"頑張りすぎない"という言葉について。

 

この人素敵だな、とか言葉遣いが綺麗だな、気持ちの良い接客をする人だな、とか街中で気付くことがよくあります。

 

そういう人を見ると自分もなりたいー!と120%で突っ走って空回り、失敗して落ち込む、みたいなことが割と多くて😂

現時点での自分を客観的に見ずに、目標までがむしゃらに走るような頑張り方をしてきたなと。

 

なんでそういう頑張り方になってしまったか考えると、自分に自信がなく周りの人が凄く良く見えて、自分に劣等感抱えていたからだと思います。

 

だからこそ今年は、大袈裟に言うと

ありのままの私が素敵!既に最強!って自分自身が一番思える一年にしたい。

 

周りから全てを吸収しようと思うのではなく、"自分の良さを自分が1番忘れずに"成長していくことが一番良いのではないかなという結論です🐯

 

相変わらず言葉にすることの難しさを痛感しますが、この辺で締めくくりたいと思います。

 

皆さんの2022年はどんな一年になるでしょうか。

 

いや、

 

どんな一年にしますか?

自分の一年、自分で決められます。

新年スタートしたこの機会に考えてみるのもいいかもしれませんね👀🐯

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。私からの年賀状でした🎍

 

自分との向き合い方

 

お久しぶりです🐤

あと2ヶ月で2021年が終わりますね🙄

毎度言っていますが、時の流れが早すぎて驚きます(笑)

 

今回は自分と向き合うことについて話そうかなと思います。

前置きしておくと、SNSに載せるようなキラキラした部分のお話ではないので、ご承知おきください💁‍♀️

 

 

 

 

 

 

読み進めてくれてありがとうございます🐤

 

 

今年で私は24歳になりました。

誕生日を迎えた時に1年の目標を立てるのですが、今年は、

"自分のことを大事にして弱さを認める強さを持つ"

にしました。

ちなみに23歳の目標は、"強くて逞しい女になる"でした👶🏻

 

 

今年どうしてこの目標にしたか。

理由は大きく分けて2つあります。

 

1.  常に誰か(何か)のために

実は私、人の役に立っていない自分を好きになれないんです。というか、そういう自分を許せないと言いますか。

 

仕事ができない自分も好きではないです。

足を引っ張って迷惑をかけている意識がとてつもなく強く出てきてしまいます。

 

対自分に対してもそうです。

休日、何もしてない自分が許せない。

体を休める、ということは出来てるのに自分自身で、"何も出来なかった"と決めつけてしまいます。

 

少し前まで、資格取得の勉強をしてました。

休日は勉強することで、有意義な日にできたと自分自身に言い聞かせるために。

無事に資格が取れた今、休みの日は基本的にゆっくり出来ます。ですが、そういう日の夜に思うんです。

"あ〜今日も何も出来なかった"と。

 

だからこそ、自分の弱さを認めたいと思い、先ほどの目標にしました。

 

2.  比べてしまう自分

私は、周りと自分を比べて、自分が劣ってると思い込んでしまうことが割とあります。

 

少し前まで、よく遊んでいた同い年の友達の中には、今ではお母さんになっていたり、仕事で出世して後輩ができていたり。

学生時代の後輩も就職して、奮闘しながら仕事と向き合っていて仕事が楽しいと言っていたり。

 

こうやって頑張っている人たちにも悩みや葛藤があるのは重々承知の上で、私は素直に羨ましいと思っています。

 

 

でももうキリがないとも思っていて🙄

私を1番わかっているのは当たり前に私で、

周りの誰かと比べたとしても、その人の見せている一部しか私は知り得ないから、その一部と自分を比べるしかない。

つまり周りと自分を比べるには、判断材料が対等ではないので無意味なんです。

 

 

また、現代ではSNSが生活の一部となっています。

地震が起きたらTwitterで検索したり、オシャレなランチをInstagramにアップしたり。

 

特にInstagramは、私生活のキラキラした部分を切り取っている気がします(私も少なからず)

 

よく考えたらSNSの中の他人と自分を比べて落ち込む必要なんて全くないんですよね🤔

大事なのは比べることが一概に悪いことではなく、比べて"落ち込む"必要がないということです。

(人と比べることでモチベーションを上げたり、プラスのこともあるので😉)

 

以上が、弱さを認めたいと思った経緯です💁‍♀️

 

弱さを認めるって簡単なようで難しいですが、まずは怠惰な自分を許してあげることから始めようかな🥱

 

 

少し話が逸れますが、、

自分自身の悩みを私に相談してくれる方がよくいます。本人は葛藤していて、その時の気持ち的には良いものではないのはわかっているんですが、、

 

まず、自分について悩むって素敵なことではないですか?🤔

 

だって自分を放棄せず、ちゃんと向き合ってどうにかしようとしているということだから、相談してくれた時点で本当に素敵な人だなって思います。

 

私のように弱さを認めたいと思うこと、誰かに自分自身の悩みを相談すること。

自分との向き合い方って色々な方法があると気付かされました🐤

 

今回ここに書いたのは、自分の記録もですが、このブログを読んでくれた人が自分自身のことで何か気付いてくれたり、考えてくれたりすることがもしあったなら嬉しいなと思ったからです。

 

今回の文章読みにくくなかったかな、大丈夫だったかな、とHSPの私には不安なところではありますが(笑)

 

せっかく書いたので、今までよりももっと自分を丸ごと受け入れてあげられるように過ごそうと思います❤️‍🔥

ここまで読んで頂きありがとうございました🐤